トパーズは基本的には2種類にわかれる。一つは上にあげたOH-typeでこれは
屈折率が高く、光に長期間さらしても褪色しないとされる。
ブラジル産のいわゆる「インペリアルトパーズ」がこれにあたる。また、ブラジルや
パキスタンで産出する「ピンクトパーズ」もOH-typeであるが、後者はもうひとつのタイプであるF-typeが混ざっているという報告もある。そのF-typeであるが、実は大半のトパーズがこのタイプである。
ロシア、
ナイジェリア、
スリランカ、
メキシコ、そして量は少ないが
日本で産出するものは大抵このタイプである。色は無色、ブルー、ブラウンとあるが、出回っている「ブルートパーズ」はほとんど無色のものに放射線を照射したものである。天然のブルートパーズは意外と少なく、あってもライトブルーである。また、ブラウンのF-typeのものは、光に長時間さらしておくと褪色する傾向があるとされる。
石井研堂『明治事物起原』(橋南堂、
1908年(
明治41年)1月)によれば、日本では西洋の
鉱石学が伝わるまで、黄玉(トパーズ)と
水晶を区別するすべを知らなかった。同書によれば、明治3年(
1870年)、
高木勘兵衛が美濃国(
岐阜県)
恵那郡苗木山が「細くして糸のごとき」
鉱石を発見したのが日本でトパーズが知見された最初という。ただし、高木の発見した石の特徴は
緑柱石に近く、この時発見したのが本当にトパーズだったかは疑問が持たれている。
その後、水晶にしてはやや硬すぎ、細工に困る石が次々に採掘され、その石が高価で売れたことから、ようやく土地の者の注意を引くようになった。高木は教育博物館の者にその石を売ったとき、初めてその石が黄玉という貴重品であることを知ったという。高木はトパーズで財をなし、「トパズ勘兵衛」と呼ばれた。