日本でも、まず20世紀前半に、
平塚らいてうなどが「婦人解放」運動を行った。当時の婦人解放運動の宣言として、平塚らが発行した文芸雑誌『
青鞜』に掲載された「元始、女性は実に太陽であった」で始まる一文は有名である。1960年代後半、
学生運動の中から従来の女性運動と異なるウーマンリブの動きが生まれ、男性中心の
全共闘運動に異議をとなえた。1970年代に欧米のフェミニズムの運動が日本にも波及し、日本でもフェミニストの政治家などが活動を行うようになった。
「フェミニスト」という用語は、女に甘い男性、女性を特に尊重する男性、女性を大切にする男性、女性をちやほやする男性といったものを意味する言葉としても用いられてきた。従って
19世紀の
欧米の女権拡張主義者は自分たちを形容する場合、この用語は使用していない。しかしながら
1950年以降のカウンター・カルチャーの流れにおいて米国のフェミニストたちが皮肉を込めてこの用語を自分たちへの形容として用いることがあり、これが一般化して女権拡張主義者=フェミニストというカテゴリーが認知されるようになっていった。