古来、琵琶法師には盲目の人々が多かったが、『
平家物語』を語る職業人として
鎌倉時代頃から「
当道座」と言われる団体を形作るようになり、それは権威としても互助組織としても、彼らの
座(組合)として機能した。その中で定められていた集団規則によれば、彼らは検校、別当、勾当、座頭の四つの位階に、細かくは73の段階に分けられていたという。これらの官位段階は、当道座に属し職分に励んで、申請して認められれば、一定の年月をおいて順次得ることができたが、大変に年月がかかり、一生かかっても検校まで進めないほどだった。金銀によって早期に官位を取得することもできた。
江戸時代に入ると当道座は盲人団体として
幕府の公認と保護を受けるようになった。この頃には平曲は次第に下火になり、それに加え
地歌三味線、
箏曲、
胡弓等の演奏家、作曲家としてや、
鍼灸、
按摩が当道座の主要な職分となった。結果としてこのような盲人保護政策が、江戸時代の音楽や鍼灸医学の発展の重要な要素になったと言える。また座頭相撲など見せ物に就く者たちもいたり、
元禄頃から官位昇格費用の取得を容易にするために高利の金貸しが公認されたので、悪辣な金融業者となる者もいた。