ただし、これは平時に許されたものではなく、あくまでも
戦争や
行幸などで国王が遠出をする際の物資確保を本来の目的としていた。だが、国王の予定が不明な事から徴発の発生が予測出来ない事や国王が一定の
首都に居住している場合には首都周辺の地域が徴発の対象になりやすいという地方間での格差などが大きいなどの問題点があった。また、国王から派遣された徴発官が私腹を肥やすために本来の命令以上の徴発を行うケースもあり、被徴発者である
民衆は勿論結果的に領地収入を逼迫される地元領主からも不満を買った。更に絶対王政期に入ると国王が財政難を救うために恣意的に徴発権を濫用するようになり領主や民衆との対立を深める要因となった。